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御製(天皇陛下のお歌) ふりつもる み雪にたへて いろか へぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 解説:どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく。

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空爆の直後、ベギン首相はアメリカのレーガン大統領に親書を送っていました。演説の激しさとは違って、理解を求める内容でした。

「親愛なる大統領閣下、2年以上の間、私は悪夢にうなされ続けてまいりました。何度も自分自身に問いかけたものです。私は未来のために一体何をすべきなのか。・・・ホロコーストでは150万人以上のユダヤの子ども達が殺害されました。私は第二のホロコーストを許すわけにはいかなかったのです。・・・カーター政権以来アメリカは外交でフセインの野望を止めようとしてくれました。その努力には深く感謝しております。しかしながら状況は変わらなかった。・・・私たちにはもう自らの力で脅威を取り除くしか他に選択肢は残されていなかったのです。

リチャード・アレン、当時 安全保障問題担当 大統領補佐官でレーガン大統領の右腕といわれていました。アレン補佐官はオシラク攻撃があったその日、ワシントン近郊の自宅にいました。ホワイトハウスのシチュエーションルームから第一報を受けます。

リチャード・アレン「レーガン大統領はちょうどキャンプデービッドからホワイトハウスに戻る所でした。私はすぐに大統領に電話して事態を伝えました。背後では待機しているヘリの音が聞こえていました。すると大統領は『どういう事だか判るかい』、と言いました。どうお考えでしょうか、と尋ねるとこう答えたのです。『男の子はいつまで経っても男の子だなぁ』」

アメリカ政府はイスラエルに対してどのような対応をとるべきなのか、翌日ホワイトハウスで緊急の安全保障会議が開かれます。レーガン政権の主だったメンバーが顔をそろえます。

リチャード・アレン「ワインバーガー国防長官は反イスラエルの立場を明確にしました。ベーカー首席補佐官などはF-16を即刻取り上げようと言い出しました。ブッシュ副大統領もイスラエルを強く非難し、この行動が如何に野蛮かを訴えました。私は、ブッシュがひどい間違いをしていると驚きました。彼はレーガン大統領からのシグナルを見誤っていたのです。結局イスラエルに対して一応の非難声明を出すことになったのです。これはいわゆる『おざなりの声明』、と呼ばれるものでした。」

午後になって、ホワイトハウスの報道官はイスラエルに対して声明を発表しました。

「今週予定されていたイスラエルへのF-16引渡しを延期する。」

戦闘機引渡しの延期という声明を出しながらも、アメリカが本気でイスラエルを制裁するつもりがないことは、空爆の5日後に開催された国連安全保障理事会で明らかになります。

イラク代表「全ての国家、特に米国にはイスラエルの侵略を助長する武器供給と技術協力の即時停止を求める。」

アメリカの反応はイスラエルを擁護するものでした。

アメリカ代表「イスラエルは米国の重要で価値のある同盟国だ。その友好関係を変える事態は何も起きていない。」

一週間後採択された国連安保理決議(487号)
【 国連憲章と国際的な行動規範に明確に違反したイスラエルの軍事行動を強く非難する。】


国連はオシラク空爆を平和への重大な侵略行為と非難したのです。しかし制裁措置は結局実行されませんでした。アメリカの強い後押しが決め手でした。その後F-16の引渡しも再開されます。

リチャード・アレン「湾岸諸国などいわゆる我々の友好国もショックを受けたでしょう。でも、彼らにはイスラエルの行動に対処する能力も意志も在りませんでした。内心イラクが核を保有出来なくなったことを喜んでいました。決して口には出しませんが暗黙の了解だったのです。

WW2後アメリカの中東政策の要(かなめ)は、冷戦下の中東でソビエトの進出をどう封じ込めるか、でした。レーガン大統領にとってイスラエルはソビエトの脅威を食い止める防波堤、その戦略的重要度は大きくなっていました。
オシラクを脅威であるとし、自力で排除して見せたイスラエルの行動は、アメリカとの軍事関係強化に追い風となっていきます


空爆から3ヶ月が過ぎた9月、ベギン首相がアメリカを訪問、レーガン大統領と初めての首脳会談に臨みました。訪問の目的はイスラエルとアメリカとの軍事関係の強化を踏まえ、戦闘機やミサイルの配備など、より具体的な支援をアメリカから引き出すことでした。

メナヒム・ベギン首相「今こそ戦略的協力関係を確立するときだ。中東では緊張が増している。何が起きるか判らない。」(記者会見)

訪米団には国防相として就任したばかりのアリエル・シャロンが加わっていました。シャロンはかつて中東戦争で戦車部隊を指揮した将軍でした。

リチャード・アレン「最後の夕食会のときでした。私はシャロンの向かい側の席に座ったのですが、シャロンは開口一番、『戦略的同盟が結ばれたからには、これまでのような応急処置では困る。指の傷に使う絆創膏はもうたくさんだ。』と言い出しました。私は、判っていますよ、我々はこれまでさまざまな規定を全てクリアしてきたではないですか。それにこれまでだって絆創膏以上のものを得てきたでしょう。戦略的同盟とは以前とは違う関係です。絆創膏以上のものをあなたは持って帰国しますよ、と答えました。」

現在、イスラエル国防軍にはアメリカの最新鋭の兵器が大量に配備されています。アメリカのイスラエルへの無償軍事援助は年間22億ドルに達しています。戦火の絶えない中東情勢、アメリカの軍需産業にとってもイスラエルは兵器開発の格好の実験場となっています。

(続く)

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