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御製(天皇陛下のお歌) ふりつもる み雪にたへて いろか へぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 解説:どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく。

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軍部が外交を二の次とし、「戦争準備」をするとした「帝国国策遂行要領(案)」が今まさに決定されようとしたその時、これに断固たる異議を唱えたのは他ならぬ天皇であり、その「平和愛好」の御意志は会議に列席していた全ての参加者に明確に且つ痛烈に伝わっていた。

にもかかわらず近衛は、後になって東久邇宮の言葉に追従し「天皇は屹然として御聖断遊ばすべきときにそうせず、批評家のようなことを言っていた」と非難したのだ。
近衛こそ言うべきときに言うべき言葉をはっきりと言わなかった、そしてこれは七人もの軍人を抱え込んでいた近衛内閣の閣僚全てに対しても言えることである。

近衛の手記にはその後の会議の場面が次のように記されている。

「やがて永野軍令部総長が立ち、曰く『統帥部に対するお咎めは恐懼(く)に堪えません。実は先ほど海軍大臣が答弁いたしましたのは、政府、統帥部双方を代表したものと存じ、独り決めしていました。統帥部としてももちろん海軍大臣がお答えしたとおり外交を主とし、万已むを得ざる場合、戦争に訴え得るという趣旨に変わりはございません。』と答えた。
これを受けて、(あの)杉山参謀長が『永野総長の申しましたのと、全然同じでございます。』と同意した。かくて御前会議は未曾有の緊張裡に散会した。」


結局、近衛と統帥部は「天皇のお考えも受け入れ『た』」と、天皇とは大きく異なる認識のまま、かつ近衛と統帥部は微妙に異なる認識のまま、「帝国国策遂行要領(案」は裁可された、という形式にしたのである。
天皇は会議の内容もさることながら、このような会議のまとめ方にも非常に不満であったらしく、御前会議の直後に木戸を呼び「統帥部にも外交協力をするように」と注文した。

ただ、もし、統帥部が「外交を主とし、万やむを得ざる場合、戦争に訴え得る」と言わなかったら、天皇がここで断固「平和愛好」を押し通し、「帝国国策遂行要領(案)」は却下されたかと言うと、恐らくそこまでは行かなかったであろう。
天皇としては「ベトー」を表明したい訳ではなく、あくまでも政府と統帥部が一致して「外交を主として」くれるならそれで良いからである。

それにしてもこの9月6日の御前会議に至るまでの経過を振り返ってみると、統帥部が全員戦争準備にまっしぐらなのは止むを得ないとしても、近衛をはじめとする閣僚が戦争にひた走っていく軍部の勢いに飲み込まれてしまっている様子がよくわかる。
9月6日までに軍部は何をやり、それに対して欧米各国はどう反応したのか。

例えば6月25日には大本営政府連絡会議が「南方施策促進に関する件」を決定し、南部仏印に進駐を始めている。
7月2日には大本営は満州での関東軍特別演習(関特演)を発動していた。
これらの行動に刺激されて、米国は7月25日には在米日本資産を凍結、8月1日には対日石油輸出を全面的に禁止した。

8月1日、杉山参謀総長は「満州への第二次派遣に関する件」を上奏したが、このとき天皇は

「これが派遣到着しても、やらぬだろうね。」(杉山メモ)

第二次派遣(70万人集中)によって、増強された関東軍が「到着」した途端に、ソ連と一戦を始めたりしないだろうね、という懸念である。だから、天皇のこの御懸念は至極尤もなのである。

「心配しておりますのは、満州の戦備の整わぬ時に、先方から英・米と手を結び、積極的に転ずる場合で御座います。敵の空中兵力の攻撃を受けたときに、空中戦の本質上ソ・満国境付近での戦闘でも少しソ側に入れば敵機に大損害を与えるような場合、又は敵機が飛行場に帰還した際にこれを(地上で)叩く等、わが航空機がソ領進入を考えねばなりません。
これは国策にも関係あるをもって、予め定めて置くを要す、と考えて研究しております。」


早い話が、ソ連領に進入して一戦やることも有り得(う)べし、「兵力の増派」が抑止を越え、越境して戦争を始める可能性である。これを聞いて、天皇が不安を覚えないはずがない。もう一つのご下問は

「南部仏印進駐がやはりアメリカの経済的圧迫を受けることになったではないか。」

これに対し、杉山は

「南部仏印ではドゴール派が少し騒ぐだけであろう。フランスとの関係は大体において良好なり。また、アメリカの日本資産凍結、対日石油輸出の全面禁止などの経済的圧迫については当然予期していたことにて驚くにはあたらぬ。」

と奉答した。これに対して天皇は

「そのように言うが、それなら何故初めにそう言わなかったのか。」

とお怒りになった。

(続く)

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