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御製(天皇陛下のお歌) ふりつもる み雪にたへて いろか へぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 解説:どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく。

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忙しすぎる毎日であるが、何とか続けて行きたい。

(再掲)
「では、天皇がお持ちになられていた『政治に対する責任』とは一体なんだったのか。」

実はもうこれまでのエントリーで答えの一部を書いてしまっているのだが、詳しく述べる前に、もう少し天皇周辺の人物を追ってみたい。

天皇は開戦に至る過程で、首相としての近衛の政治的処置に対してさまざまな不満を述べ、具体的な処置を提案していた。

前回は天皇に対する近衛文麿の優柔不断振りばかりあげつらったが、近衛を非難するならば彼を後押し、又は妨害した軍部の存在に触れなければ公平ではない。

当時天皇は軍部からいかなる情報に接しておられたのか、判る範囲で時系列に追ってみよう。

天皇を取り巻く日米開戦前の状況(昭和16年)
8月30日 「帝国国策遂行要領(案)」内容決定
9月5日 「帝国国策遂行要領(案)」内奏(事前説明)

近衛は「御前会議」の前日に「事前説明」の内奏をしている。

「これを見ると、一に戦争の準備をし、二に外交交渉を揚げている。なんだか戦争が主で外交が従であるかの如き感じを受ける。この点に就いて、明日の会議で統帥部の両参謀長に質問したいと思うが・・・」

「一、 二の順序は必ずしも軽重を示すものにあらず。政府としてはあくまでも外交交渉を行い、交渉がどうしてもまとまらない場合に戦争の準備に取り掛かると言う趣旨なり。
この点に関し、御前会議で急にその質問をするのはどうかと考えるので、両参謀長を呼んでは如何か。」


そこで天皇は杉山 元(はじめ)陸軍参謀総長(永野 修身海軍々令部長 同席)を呼んで「御下問」された、曰く

「日米戦争が始まったら、どのくらいの期間でこれを終えようと言うのか。」

「南方方面だけは3ヶ月くらいで片付けるつもりで御座います。」

「お前はシナ事変のときの陸相だった。その時事変は1ヶ月くらいで片付くと言ったが、すでに四年の長きに亘り、いまだに片付かないではないか。」

「シナは奥地が開けており、予定どおり作戦し得ざりし・・・(くどくどと言い訳)」

「(非常に高い言葉で)シナが広いと言うなら、太平洋はもっと広いぞ!」(「失われし政治」 近衛 文麿)


このくだりはあまりにも有名で、あの2チャンネルにも何度も書かれている内容だが、この後(あと)、近衛は「杉山はこの内奏後、『いや、今日も陛下に叱られた』としゃーしゃーとしていた」(「秘録抜粋」 高木 惣吉)と書き残している。ここまで調べている2ちゃんねらーを知らない。

しかし「しゃーしゃー」と感じたのであれば、首相の近衛自身がまず何らかの対応をすべきなのではないか。だが近衛にはそのような対応は見られない。だから「全ての責任は天皇にある」、と言って恥じないのだ。

天皇はこの内奏の時点で「帝国国策遂行要領(案)」に非常な不満を覚え、第一の「戦争準備」と第二の「外交交渉」の順序を逆にしたらどうか、とまで仰っているのである。

しかし、近衛も両参謀長も天皇の「御下問」に「お叱りを受けながらも、丁寧に奉答した」ことで、「ご納得を得た」と勝手に思い込んでしまうのだ、あぁ・・・

(続く)

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