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御製(天皇陛下のお歌) ふりつもる み雪にたへて いろか へぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 解説:どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく。

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>【2942】Re: 国際社会一元論と憲法第9条のもとでの戦争/考えすぎ??
>e-seigi氏   08-8-18  15:22
>頭が良すぎるか??、物事を難しく考え過ぎでしょう。
>戦争の責任が国民に全くないとは言えないにしても、それは今の馬鹿政府の責任が国民にあると言うのと同様です。当時は今より、国民の選択権や意思の反映は困難でしたから、当然天皇や東条内閣等に責任があるのは当然過ぎることです。


いやいや、「物事を単純に考え過ぎ」でしょう(^^;

ルールがはっきりしているのなら、ルールに基づいて責任を問い、制裁を科せばよい。
ルールがはっきりしていなくても、為した「行為」の動機に怠慢とか杜撰とか軽率・傲慢・臆病・野蛮などといった類の不徳があったなら、責任を問われもしよう。

しかし、ルールがはっきりしていない道徳的な責任追及には、追求する側が完全な道徳者でなければなるまい。不完全な者が他人の不徳をどこまで無制限に追及できるのだろうか。

>御天ちゃんは大元帥ですよ。

たしかに明治憲法下の天皇は統治大権を持ち、統帥権さえ持っていたのだから、英国式立憲君主制とはずいぶん異なってはいた。

しかし、「英国に外遊なされた若き昭和天皇は『君臨すれども統治せず』の精神をすでにそのとき思い描いておられた」(奈良 武次 当時東宮武官長の日記)のである。

だから、2・26事件の御聖断に先立つこと八年、満州某重大事件に関して田中(儀一)首相への詰問後、西園寺公望から「立憲君主というのはそのように政治に直接介入してはなりませぬ」と忠告され、その結果「(田中に対して)『辞表を出さぬのか』と言ったのは『ベトー(君主の大権による拒絶)』を行ったのではなく、忠告をしたのであるけれども、このとき以来、閣議決定に対し、意見は言うが『ベトー』は言わぬことにした。」(昭和天皇独白録)

爾来、昭和天皇は先帝の御作りになった憲法の遵守と戦争内閣の結論とそれを後押しした世論に従い、お口を閉ざされたのである。

一方は口を慎む存在であることを強く促され、もう一方はお上の御意思である、と欺瞞され続けた当時の日本は、政府と憲法上の欠陥の犠牲者だったとも言えるが、そう仕向けた政治家も、知識人も、言論人もそしてマスコミもまた国民だったのだ。

再び天皇が政治に口を挟まざるを得なくなったのが、国政が一時的にせよ完全に麻痺した2・26事件の「反乱軍に告ぐ」と、終戦の御聖断であったことは実に皮肉で悲しいことであった。

大体、責任を追及しようとする者は完全な有徳者であるべきはずなのに、その物言いが「御天ちゃん」はなかろうがっ、この不届き者めが!

>戦争に突入したのはそれなりに理由はあったでしょうが、停戦のタイミングを誤ったのは、彼等の責任以外の何ものでもありませんよ。東条だって軍事裁判に掛けられて恥をさらす前に、遺書でも書いて、自決すべきだったのです。

歴史の探求は常に後知恵なのであって、結果責任の追及は後世の傲慢であり、歴史軽視だ。
問われるべきものがあるとすれば、それは動機責任であり、敗戦責任だろう。

当時の行為者の心情や動機に最大限の予測努力があったかどうか、予測が外れたことに対して無理からぬ事情があったのかどうか。もし、当時の責任者にこれらについての軽率や怠慢があったとすれば、動機責任や敗戦に至るまでの道徳的心情を問われよう。

ただし、それを追求するには資格が要る。明治憲法の下では、一切の最終審判は帝国議会の権限であったといって差し支えない。ならば、その議会に直接的及び間接的に関わる当時の日本人(天皇陛下から一般国民)のみがこれらの責任を問い得るのではないか。

戦勝国にその責任なぞ問えるはずはないのに実際には戦犯たちは新しく作られた罪に問われた。パル判事からそのことを鋭く訊ねられたウェッブ裁判長は「その件については後刻答える」として、ごまかしたのだ。

ましてや、後世の現代人に問えるはずなどない。

>リーダーが責任を取らないとすれば、リーダーは不要です。東条の孫がゴチャゴチャ言っていますが、国賊に違いありません。まだ国民の多くを殺すつもりだったのですから、狂気以外の何ものでもないでしょう。ヒットラーだって自殺したのです。

まことに不本意ながらわがリーダーは、紅毛碧眼の血まみれの手によって、あらぬ責任を負わされたのだ・・・

これ以上、e-seigi氏の脳みそに注入すべき言葉は、私にはない。

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とんだ恨み節

e-seigi氏を初めとする、こういう書き込みは、やはり現代からの視点でしか見ていないんでうしょね。
当時がどういう状況だったのか?そういった視点が欠けている。
全部後出しじゃんけんであり、「俺たちがこんな状況になったのは、昔の戦争指導者が悪いのだ!反省汁!謝罪汁!」ってところなんですよね。
そりゃぁ自分だって言いたいことはある。
それでも、冷静になって過去を見なくちゃいけない。
でなければ、過去で戦火に投じられた先人たちの犠牲が無駄になるだけ。
今なら冷静に分析できるのだから、それをしなくちゃいけない。
でもしない、できない、恨みをぶちまけるだけ。
9条マンセーで終わってしまう。

将来、護憲派たちが、子孫から恨まれないようにしなくてはいけないですなぁ。

tomyk 2008/08/25(Monday)19:23:56 Edit
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