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御製(天皇陛下のお歌) ふりつもる み雪にたへて いろか へぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 解説:どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく。

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11月5日の御前会議の前日、4日に行われた軍事参事官会議において、杉山参謀総長は南方地域の連合国正規軍兵力を見積もった上で日本側の兵力と比べ、次のように分析して見せた。

「陸上兵力においてはほぼ同等、航空兵力は約四倍の優勢で、さらに次のような利点がある。
(1) 連合国側兵力は広範な地域に分散しており、随所に相手より多い兵力で各個撃破できる。
(2) ハワイ、フィリピン、マレー、香港などを同時に急襲し、先制の利を占める。
(3) 日本のほうが陸海とも、編成、装備、素質において優れている。特に連合国側陸兵は、大部分が土人兵で質が悪い。」


先制と集中、しかも優勢で劣勢に当たる、という完全に兵理にかなった作戦であり、これなら参謀本部でなくとも自信は持てる。

だが、これはあくまでも最初だけの話である。海軍側は「開戦2ヶ年の間は必勝の確信を有する。」が、米英本土を攻略する力はなく、相手が動員体制を整えてくるであろう3年目以降は「遺憾ながら予見しえず」であった。だから、長期戦の見通しに不安があった海軍は開戦決意を渋ったのだ。

しかし、陸軍においてもその認識は正直、似たようなものであったのだ。それは

(1) 南方の拠点と資源を確保すれば、自給自足しながら、寄席来る敵を撃破しつつ戦えるであろう。
(2) インド洋を制圧すれば、英国は資源不足になるであろう。そのうちドイツが英本土上陸をやってくれるだろうから、そうなれば英国は脱落し仲間を失った米国も戦意を喪失するだろう。
(3) そういう好機に、南米諸国、スウェーデン、ポルトガル、法王庁を通じて工作すれば、有利に戦争を終結できるであろう。(11月5日 御前会議における「陸海参謀総長説明」及び11月15日 上奏の「戦争終末促進に関する腹案」)


といったところである。これは「見通し」などというものではなく、相手の事情はあまり考えずに、精一杯自分に有利なように考え出した「思い込み」に過ぎない。
そんなあやふやなことで戦争が出来るのか・・・東郷外相や賀屋蔵相が疑問を呈したが、ならば戦争をしなければどうなるのか。

「石油保有量は840万KLで、七割が軍事用として保管している量だが、民需には年間最低180万KLは必要であり、国産原油と人造石油は年間わずか4~50万KL前後の生産だから、どうやりくりしても向こう三年で軍需用も民需用も完全に枯渇することとなる。」(11月5日 御前会議 鈴木企画院総裁説明)

―――そうなれば軍事行動が出来ないのだから、日本はただ英・米の圧力に屈するばかりで、いずれ中国、満州はおろか朝鮮も失い、昔日の小日本に戻る。一方戦争をやれば石油にしても南方から入手できる。あやふやではあるが、将来の光明も見出しうるではないか。それには連合国側の準備が整わぬうちに戦争を始めなければならない。すでにマレーでは一ヶ月4000人の割合で兵力が増強されている。一日遅れればそれだけ日本の生きるチャンスは少なくなる―――

これが参謀本部の偽らざる信念であり、だから「機密戦争日誌」には開戦を望む書き込みが連日続いたのである。

しかし、「あの頃の世界の動き、時代の流れ」と、同情しつつも、こんな事態に至ってしまったもともとの原因は日華事変であり、三国同盟であり、見通し不良のために泥沼化した支那事変(日中戦争)ではなかったか。

そして独ソ戦勃発を契機に、己の面子(メンツ)と失地回復のため(だけ)に関東軍特別大演習の名の下に25万人の満州兵力を75万人にまで増強し、ソ連を刺激したことではなかったか。こうした陸軍の戦略性のなさが、今日(昭和16年11月5日現在)における日本の苦境を招いた原因ではないのか。

ところで、米国は対独参戦の機会を窺っていたのだが、なかなかその挑発に乗らないドイツだった。そんな時に蒋介石の工作が奏功して、米国内に反日の機運が高まってきた。そこで、米国政府は方針を変更したのである。日米戦争が始まれば、日本と同盟関係にあるドイツが必然的に対米参戦することになり、アメリカは念願のドイツ打倒に立ち上がれることになるからだ。

「むしろ米国政府は国内問題よりして、対独戦に対しては若干の異論あるに反し、今日にては太平洋戦に世論の反対少なきを見て、この方面より参戦することも十分有り得べしと見込み措くを要す。」(11月14日 野村大使から東郷外相への打電)

ただ、米国も陸軍だけは準備未完成を理由に引き伸ばしを求めていた。

「我々の地歩(比島のこと)を確保するためには、なお3ヶ月必要。」(10月6日 スチムソン陸軍長官からハル国務長官への進言)

これらの国内事情を受けてハルは交渉引き延ばしを図り、11月22日には「日本軍の南部仏印撤退、北部仏印の兵力削減の代わりに民需用石油を供給する。」という暫定協定案を準備したが、これには蒋介石を初め、英、豪、蘭各国が猛反対をして立ち消えとなり、譲歩案とは逆に26日「ハル・ノート」を提示するに至る。

蒋介石は別としても、世界は満州については事実上黙認していただけにこの「ハル・ノート」は日本にとっては最後通牒に等しかった。

結局、アメリカも戦争がしたかったのである。

(続く)

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