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御製(天皇陛下のお歌) ふりつもる み雪にたへて いろか へぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 解説:どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく。

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 さて、第2回目はこの話題だ。
 
(URL)埋め立て申請 知事の大局的判断求める

記事の内容は
 
「普天間飛行場の辺野古沖への移設に向け、防衛省が県に対し、公有水面の埋め立て申請を行ったが、移設実現に向けた一歩を進めたことを歓迎したい。」
「仲井真弘多知事は反対しているが、日本周辺の安全保障環境は緊迫の度を増しており、日米双方が実現可能とした辺野古案を、大局的見地から受け入れる決断を下してほしい。」
「申請に先立ち、名護の漁業協同組合は漁業権の一部放棄に同意した。さきの辺野古地区の区長選も、移設推進派候補がくじ引きで敗れる接戦だった。受け入れ容認の地元意見は、確実に存在している。政府や自民党は知事が決断しやすいよう、あらゆる面で支えてゆかねばならない。」

ざっとまあ、大体こんな感じだが、これに対してコイツ(木村伸之)のツィートは

「名護の漁業協同組合は漁業権の一部放棄に同意した。←辺野古の海に面してない名護の漁協が埋め立てに賛成し地元の漁協は反対してる構図は完璧に県民分断策。やり方が汚ねえなあ。本当に原発立地と一緒。」

TBSの筑紫哲也か、TV朝日の古館一郎みたいな実に上っ面な評価だ。実態はそんなに簡単に割り切れるような話じゃないぞ、いいか、よく聞け。

名護市は1970年(本土復帰の2年前)に沖縄本島西海岸にあった名護町、屋部村(やぶそん)、羽地村(はねじそん)、屋我地村(やがじそん)と東海岸の久志村(くしそん)の1町4村が合併して出来た市だ。市としての歴史が浅く、地元の人間は今でも「名護」と言えば市街地が広がる「旧名護町だけ」のことと理解する。その証拠に、よく地元をウチナンチュ、本土の人間をヤマトンチュと表現するが、あれはマスコミがそう書くから、「んじゃま、そういうことにしておけ」としているだけであり、地元の人間は自分たちのことをウチナンチュなどとは呼ばないのである。じゃ、なんて言うのか。シマンチュである。「シマ」とは「集落」のことだ。
 
山岳地帯である沖縄本島北部は海岸線に沿ってポツン、ポツンと55にも上る小さな集落(シマ)が点在する。それら55のシマが町村を形成していくうちに、1970年に市になったということだ。辺野古は久志村(くしそん)の数ある「シマ」の一つだったんだ。

基地問題は筑紫哲也や古館一郎の言語で語られる世界だから、これをニュースで聞かされる多くの日本人は「シマ」の違いに気がつかないし、その口真似をするコイツ(木村伸之)は端から気がつきもしないだろうがな。

さらには「間切(まぎり)」というのがある。「間切」とは十六世紀から明治末期まで続いた沖縄(琉球)の行政単位だ。複数の「シマ」が寄り集まって「間切」となっているわけだ。 沖縄北部の「間切」はそれを構成する「シマ」の血縁関係が強く、延々と継承されてきている祖先崇拝の行事においては「間切」が全てといってよい。

「辺野古は王府時代から金武間切(きむまぎり)ですからね。もともと名護とは間切が違うんです。」(島袋 権勇 名護市議)
 
「基地賛成派の誰それさんは元々ここに住んでいたんじゃなくて、後からやって来た王家の家来の末裔で、先祖がまだ極楽を通り抜けきらないでいるから基地に賛成するんだ。」(辺野古の古老)
 
「今でも『シマ』が違えば言葉も違うんです。まさに水と油です。」(名護の古老)

さらに名護市は市役所のある西海岸と辺野古のある東海岸に分けられるが、文化施設、リゾート施設、行楽地と言えば全て西海岸であり、東海岸には何もない。西海岸の伝統はイルカ漁であるから、東海岸で「ジュゴンを守れ」と反対派が言ってみても、とってつけたようで甚だ迫力に欠ける。
 
東海岸には病院も消防署もないから救急車を要請した場合、東海岸から同時に車で出発し、途中で救急車に乗せ変えないと間に合わない。火事も西海岸側なら半焼で住むが、東海岸側では丸焼けだ。
 
もともと本島全体でのウチナンチュ同士の仲が悪いところに、今言ったように同じ行政区でありながら西の東に対する差別、加えて軍用地料と国からの補助金の配分額並びに配分先から生ずる辺野古の中の「間切」及び「シマ」の間の不公平が発生しているのだ。

ちょっと触れただけでもこれだけの裏があり、沖縄にはまだまだ住民の間で書きつくせない怨念が渦巻いているんだ。
 
後編も書こうかな、と。

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