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御製(天皇陛下のお歌) ふりつもる み雪にたへて いろか へぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 解説:どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく。

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6 そういう平和政策はナチスドイツの過去の侵略を、白分たちのものとして引き受け、徹底した総括、反省の上に立ってのことだろう

 

そうか。これまでの2、3、4、5を見てまだ「ドイツは平和政策だ」というか。何も知らずにお気楽をいう奴だ。老人党にも確か居たよな。「はなもとあかり」とか言ってたが。今でも生息してんだろうか。

 

「戦後補償の日独比較」からドイツの謝罪ぶりを見てみよう。

 

 

ワイツゼッカーの欺瞞

 

「罪のある者もない者も、老若男女いずれを問わず、われわれすべてが過去に責任を負っている。」

 

このワイツゼッカー大統領の有名な「荒れ野の40年」という演説を引き合いに出して、朝日の「声」欄は言う。

       

「かえりみて、わが国戦後の歴代首相や閣僚は、日本の戦争責任と、侵略を受けた諸国に対する明確な謝罪を、心を込めて表明したことがあるだろうか。」(朝日新聞「声」H7.9.3

 

しかし、朝日が言うほどドイツは誠実に謝罪しているのか。ワイツゼッカーの演説の「罪のある者もない者も」という部分を見落としちゃならぬ。「罪」と「責任」を厳密に区別しており、この違いについて、ワイツゼッカーは、朝日記者とのインタビューで次のように答えている。

   

「人は自分に罪がないことにも、責任をとることができる。例えば、私の自動車を他人が運転して事故を起こしても、私は賠償責任を負う。」(「異なる悲劇 日本とドイツ」 西尾 幹二)

       

この区別と、次の言葉をあわせて、ようやくワイツゼッカーの本音が見えてくる。

   

「一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい、無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。」

       

彼の回りくどい主張はこう要約できよう。

当時のドイツは、ヒットラーに乗っ取られた車のようなものだ。それが暴走して事故を起こした、その罪はヒットラーとナチス党員の個人的なものである。車の所有者たるドイツ民族には、賠償責任はあっても、罪はない。

 

しかしナチスの犯罪はヒットラー個人の罪で、ドイツ民族の罪ではない、という主張は強弁だ。ヒットラーは暴力で政権を奪取したのではない。1937年の正規の国会選挙で、得票率37.4%をとって第一党となり、世論の支持のもとに合法的に権力についたのだ。さらに戦後作られたナチ協力者のリストは、1200万人にものぼっている。

   

ワイツゼッカーの主張を、西尾 幹二氏は「とかげのしっぽ切り」と形容する。ナチスの罪を徹底的に追求されたら、国民全体に及ぶ。なんとか、しっぽ切りで済ませて、本体を守ろうという必死の弁明なのである。ワイツゼッカーを聖者として祭り上げる前に、その四苦八苦ぶりに思いを致すべきではないか。

 

国家として、賠償責任は負うが、決して罪を認めない、というドイツの必死の姿勢は見事なまでに一貫している。ユダヤ人虐殺に対してイスラエルと結んだ協定でも、文面上は「故郷や資産を失ったユダヤ人難民・犠牲者」を「イスラエル、ないしは新たな祖国に受け入れさせていくための編入費用」とされている。

直接謝罪もなしに、ドイツの善意による人道的援助という形をとっていることに対して、ユダヤ人たちは怒り、補償金をもらうべきではない、という批判すらあったという。

 

もうひとつ「過去の清算」と外交という観点から見てみよう。

 

ドイツの苦渋に満ちた立場と比べて、北朝鮮以外のすべての国と、講和条約できちんと処置を済ませてきた日本の立場ははるかに恵まれている。ドイツへの強制労働補償要求に味をしめて、米人元捕虜などが日本企業に対して補償請求をはじめたが、ドイツとは違って「連合国及びその国民の請求権」を放棄させたサンフランシスコ講和条約の壁が立ちはだかっている。

戦後の困難な時期にも関わらず、几帳面にすべての国と条約を結び、誠実に賠償を果たしてきた先人の努力に、現在の日本人は感謝すべきだろう。ところがここに改めて謝罪を要求してくる近隣モンスターが存在する。

   

「近隣諸国との関係を語る際、今なお『過去』の清算の不十分さが指摘される日本とドイツの相違は大きい。それが外交基盤の強弱につながっている。」(朝日新聞 H5.2.27

 

という指摘は、事実も論理も転倒している。ドイツは卓越した外交能力で、EUやNATOでリーダーシップをとり、過去の清算の不十分さをカバーしつつ、近隣諸国との関係を築いてきた。逆に日本は謝罪外交、ばらまき外交しかできず、せっかくの十分な過去の清算努力をムダにして、シナとチョンに増々付け入られる隙を与えているのである。

   

我々は、両国の「過去」は本質的に異なるのだ

  から、ドイツの「不徹底な過去の清算」ぶりを見

  習う必要は全くない。ドイツの狡猾な外交をこそ

  見習うべきなのである。

 

もうひとつ。ヒトラーの悪口は世界共通であるが、少なくとも同盟を結んだ日本にはヒトラーを弁護するだけの言い分がある。朝日やその他大勢のバカちんどもよ、耳の穴かっぽじってよーく聞けよ、と。

 

はたしてヒトラーだけに責任があるのか(「人間はなぜ戦争をするのか 日下 公人) 

 

歴史的な常識として、ヒトラーは悪者である、一方的に戦争を始めて世界中に迷惑をかけた、と思っている人が多い。それは一面、正しい見方である。しかし、ヒトラーが戦争を始める前に、そこまでドイツを追いつめたほうにも責任がある。それは、ヴェルサイユ条約でドイツの軍備を制限し、領土を狭め、沢山のドイツ人居住地域をポーランドその他の国に与えたこと、多額の賠償金を支払わせたこと、などだ。

ヒトラーは政権を握ると軍隊を再建し、賠償金の不払いを宣言し、それから失地回復を隣国に要求した。

発火原因になったのは1939年当時ポーランド領だった「ダンチッヒ回廊」をめぐる領土交渉である。ダンチッヒ回廊はもともとドイツ領だった。第一次大戦でドイツが敗北したため、ヴェルサイユ条約によって、国際連盟の保護下で自前の政府を持つ自由都市となったが、ポーランド政府は港湾・鉄道の使用権を持っていた。また、ダンチッヒ回廊はポーランド税関の管轄区域でもあった。

ダンチッヒ回廊に住む住民の95%は、ドイツ人だった。ただし、ポーランドにとってはここが海への出口である。ドイツ人住民の数は100万人で、彼らはポーランド経済に依存して生活していた。

第一次大戦が終わって二十数年経ち、ドイツは土地の返還「交渉」を始めた。「交渉」は侵略ではない。ドイツは双方の利益になる着地点を探そうと提案した。ただし、「100万人のドイツ人は祖国復帰を願っている」と付け加えるのを忘れなかった。つまり、解放戦争だというのである。

ところが、イギリスとフランスはポーランドと同盟を結んで、ドイツとの領土交渉に反対した。「ポーランドに戦争を仕掛けるのなら、われわれがともに戦う」というもので、ポーランドは、これでドイツはひるむだろうと判断した。

しかし、それはポーランド外交の失敗で、ドイツはひるまなかった。1929年の9月1日午前5時20分、ついにドイツ空軍の爆弾がポーランドの田舎町ブックに投下された。

 

ヒトラーの開戦演説

 

ドイツは久しくヴェルサイユ条約がつくり出した忍ぶべからざる問題に悩みつつあった。百万人の同胞が本国から切り離された。よって平和的提案を出したけれども、いつも却下されてしまった。ポーランドはダンチッヒを汚し、廻廊を汚し、いたるところにドイツ系少数民族をしいたげた。

過去四ヵ月にわたってドイツは忍耐を重ね、ワルソウ政府に警告を発してきたが、この警告は無視された。最後の瞬間にイギリスから調停の申し出があって、ドイツはこれを受諾したけれども、ポーランドは全権委員を派遣することを拒んだ。

昨夜一晩に国境十四ヵ所に衝突事件が起こったのである。西欧諸国がその権益を傷つけられたというなら余はこれを遺憾とするが、フランスとイギリスとに対しては友好の情を保証した。そしてロシアはドイツと了解に到達した。

ドイツはまずダンチッヒ問題を解決し、次に廻廊、そして最後にポーランドとの一般関係を調整する決心である。

昨夜はじめてポーランド軍はドイツ領に侵入したから、ドイツ軍は今朝五時四十五分にいたって砲火を返した。これよりわれらは爆弾に対しては爆弾をもって報いる。余もまた一兵卒として前線に赴くであろう。

勝利か死か、これ余の金言である。

余は今日以後ドイツ国第一の兵士たること以外になにも望まない。もし余にして斃れたらヘルマン・ゲーリングが余に代わるであろう。同志ゲーリングになにごとか起こればルドルフ・ヘスがこれに代わるであろう。万一ヘスにして事故に逢わば、参議会がその指導者を選択するであろう。

余はいまだかつて降伏という言葉を知らない。ドイツの意思とドイツの鋼鉄が最後の勝利を博するのである。(「第二次世界大戦史」 芦田 均)

 

どうだ。ドイツが戦争に勝っていたなら、これは歴史に残る名演説となったことであろう。

 

改めて思う。このクソ地方新聞はTV欄、スポーツ欄、お悔やみ欄を除き1面見出しから社説、自社論説、寄稿論説、コラム、天声人語相当欄、読者投稿欄、社会面とすべての面が反戦、反原発、反自衛隊、反米、反イスラエル、親パレスチナ、媚中、親韓、諂(てん)露、反日記事に埋め尽くされており、全く目が眩むようだ。お前は「新聞 赤旗」か。

 

非論理的な言葉の積みかさねが映像的に把握され、人がこれを臨在感的に把握してそれに拘束される。その典型的な例が黙示文学であり「言葉にする連続的な映像の積み重ねによる思想の伝達方法」である。描写とか図像には思想性はないと人が思い込んでいるが描写も図像も一つの思想を伝達しており、ある種の「言葉の映像」を順次に読者に提供していくことによって、ある状態に読者を拘束してしまうのである。

このような目で日本の新聞を読むとき、人びとはメディアがある種の思想を黙示録的に伝達することによって、その読者に一切の論理・論証をうけつけ得ないようにして来たことの謎が解けるはずである。

戦時中の報道の研究、中国報道の研究、公害報道の研究等すべてをこの観点から行なって行けば、単なる描写の積み重ねのように見えるものが、実は、ある種の思想で人びとを拘束して、絶対に態度を変えさせなくする黙示録的伝達であったことを人びとは覚るであろう。(「空気の研究」 山本 七平)

 

毎日、毎日明けても暮れてもこんな偏向記事ばっかり選考して、それを読まされ続けていれば、地方のボケ爺ぃや痴呆婆ぁは刷り込まれるに決まっているよな。たまんねぇよ、マッタク。
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