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御製(天皇陛下のお歌) ふりつもる み雪にたへて いろか へぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 解説:どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく。

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チャンやチョンが騒ぐのなら、「あぁ、またキチガイが地べたに寝転んで、脱糞しながら泣き叫んでおるわい・・・」と嗤って済ませられるが、これがあの「反日新聞」と世間から糾弾され、慰安婦捏造記事では半端中途な(逆か)謝罪もどきを掲載しながら、反響欄ではこの件についての「読者の声」は採用ストップの完全シカトを決め込み、木村伊量(ただかず)社長自ら「歴史的事実を変えることはできない。従って謝るようなものではない」と開き直り、週刊文春の激辛広告の掲載を断った極悪売国チョウニチ新聞がぶち上げた慰安婦捏造問題逸らしの社説と来た日にゃ、こりゃオイラが黙ってられんわい、わい わい わ わい、と・・・(前振り 長過ぎっ!

 

 聞きたい首相の歴史感 (A級戦犯法要)    朝日新聞社説 26.8.29朝刊

 

「私人としてのメッセージ」で済む話ではないだろう。

 安倍首相が今年4月、A級、BC級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に、自民党総裁名で哀悼メッセージを書面で送っていた。

 「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉難者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」

 送付先は、高野山真言宗の奥の院(和歌山県)にある「昭和殉難者法務死追悼碑」の法要。

 碑は、連合国による戦犯処罰を「歴史上世界に例を見ない過酷で報復的裁判」とし、戦犯の名誉回復と追悼を目的に20年前に建立された。名前を刻まれている人の中には、東条英機元首相らA級戦犯14人が含まれている。

 首相は昨年と04年の年次法要にも自民党総裁、幹事長の役職名で書面を送付していた。

 菅官房長官は会見で、内閣総理大臣としてではなく、私人としての行為との認識を示した。

 その上で、「A級戦犯については極東国際軍事裁判所(東京裁判)において、被告人が平和に対する罪を犯したとして有罪判決を受けたことは事実」「我が国はサンフランシスコ平和(講和)条約で同裁判所の裁判を受諾している」と述べた。

 戦後69年。このような端的な歴史的事実を、いまだに繰り返し国内外に向けて表明しなければならないとは情けない。

 日本は、東京裁判の判決を受け入れることによって主権を回復し、国際社会に復帰した。同時に、国内的には、戦争責任を戦争指導者たるA級戦犯に負わせる形で戦後の歩みを始めた。

 連合国による裁判を「報復」と位置づけ、戦犯として処刑された全員を「昭和殉難者」とする法要にメッセージを送る首相の行為は、国際社会との約束をないがしろにしようとしていると受け取られても仕方ない。いや、何よりも、戦争指導者を「殉難者」とすることは、日本人として受け入れがたい。
 戦後目本が地道に積み上げてきたものを、いかに深く傷つけているか。自覚すべきである。

 首相の□からぜひ聞きたい。多大なる犠牲を生み出し、日本を破滅へと導いた戦争指導者が「祖国の礎」であるとは、いったいいかなる意昧なのか。あの戦争の責任は、誰がどう取るべきだったと考えているのか。

  「英霊」「御霊」などの言葉遣いでものごとをあいまいにするのはやめ、「私人」といった使い分けを排して、「魂を賭して」堂々と、自らの堅史観を語ってほしい。

 首相には、その責任がある。    (以上)

 

おい、おい、おい、さらっとなにげに済ませているが、オイラはきっちりと読み込ませてもらう。

 

「日本は、東京裁判の判決を受け入れることによって」

 

オイラは幼稚園中退(三日だけ通園)だが、このくらいの嘘は見破れるぜぃ(キリッ

 

シスコ講和条約11条では英文で「戦争犯罪法廷の諸判決を受諾」と書いてあるのに、これを「戦争犯罪法廷の裁判を受諾」と意図的に誤訳されて出回っているのだ。原文は”trial”(ディスカウントスーパーでもない)ではなくjudegments(複数形)だから「裁判」ではなく適訳は「諸判決」だ日本は講和条約で「裁判」の妥当性を認めたわけじゃない。それなのに「裁判の判決を受け入れる」と書いて、あたかも茶番劇のすべてを受け入れたかのように洗脳させようとしている左巻き学者の多いこと、多いこと。これを東京裁判史観」(日本は侵略戦争を起こした犯罪国家という史観)という・・・そして・・・それは・・・お前(アサヒ)もだっ!(人差し指をビシッ・・・

 

繰り返すが「諸判決を受諾」したことは「裁判の内容を受諾」したわけではないぞこのことはミンスの野田も野党の頃小泉に質問して確認をとっている。

裁判の「諸判決」を受諾するか、「裁判」を受諾するかは、混同してはいけない。古典的な例としては「ソクラテスの弁明」がある。ソクラテスは「裁判」の内容には不同意だったが、市民として「判決」には従い、毒をあおって死んだ。「裁判」と「判決」の違いは、すでに明確だった。戸塚ヨットスクール校長の話も有名だ。

 

同時に、国内的には、戦争責任を戦争指導者たるA級戦犯に負わせる形で戦後の歩みを始めた。

 

殉難者の方々にはまっこと申し訳ないことをした、と思ってる。そりゃ、高級戦争指導者の不作為に頭に来ることはあるけれど、所詮は人間だもの、アメリカだって勝ったものの、相当怪しい奴も居た。チャーチルだってひでぇモンだったし、ハリー・トルーマンなんてあのハト以下だった。後知恵講釈ならいくらでもできる、ここは負け戦の責任を取られた人々に対してその霊に額づくしかあんめぇ。

 

それでもシスコ講和条約発効後、間もなく、「戦犯受刑者の助命、減刑、内地送還」を求める国民運動が巻き起こり、約4千万人の署名が集まったんだぜ。子供を除けばほぼ総員だ。独立を回復したにもかかわらず、なぜ、敵国に裁かれた同胞たちは釈放されないのか、といった疑問が共有されたからだ。妥当で自然だよな。

 

連合国による裁判を「報復」と位置づけ、戦犯として処刑された全員を「昭和殉難者」とする法要にメッセージを送る首相の行為は、国際社会との約束をないがしろにしようとしていると受け取られても仕方ない。

 

なーにが国際社会だ。お前の言う国際社会ってのはチャンとチョンだろが。それに言っておくが、講和条約11条は関係国の同意なくして、日本政府は独自に戦争受刑者を釈放してはならないと規定されていたが、これらの処理に外国から異論は唱えられなかったぞ。

 

いや、何よりも、戦争指導者を「殉難者」とすることは、日本人として受け入れがたい。

 

全く良く言うよ。衆参両議院総員賛成だぜ。一部のアカは除いて国民の総意だったんだ。

27年12月9日衆院本会議では極東裁判に対してこんな批判もあった。

 

「戦犯裁判の従来の国際法の諸原則に反して、しかもフランス革命以来人権保障の根本的要件であり、現在文明諸国の基本的刑法原理である罪刑法定主義を無視いたしまして犯罪を事後において規定し、その上、勝者が敗者に対して一方的にこれを裁判したということは、たといそれが公正なる裁判であったとしても、それは文明の逆転であり、法律の権威を失墜せしめた、ぬぐうべからざる文明の汚辱であると申さなければならない」(山下 春江 改進党)

 

「敗戦国にのみ戦争犯罪の責任を追究するということは、正義の立場から考えましても、基本人権尊重の立場から考えましても、公平な観点から考えましても、私は断じて承服できない」(古屋 貞雄 社会党)

 

と訴えた。東京裁判がいかに不当で一方的なものかを論難するのに保革の違いはなかったんだ、アンタは知りたくねぇだろが。

 

戦後目本が地道に積み上げてきたものを、いかに深く傷つけているか。自覚すべきである。

 

戦後日本が積み上げてきたものとは「東京裁判史観」と「ヘーワケンポー」と「日教組教育」に裏打ちされた情けない日本の姿だ。

 

「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニユートラルな、中間色の、富裕な、抜け目の無い、或る経済大国が極東の一角に残るであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」(三島 由紀夫)

 

 首相の□からぜひ聞きたい。多大なる犠牲を生み出し、日本を破滅へと導いた戦争指導者が「祖国の礎」であるとは、一体いかなる意昧なのか。あの戦争の責任は、誰がどう取るべきだったと考えているのか。

 

お前がそれを言うか?戦争に勝ち負けは付きもんだ。負けはしたけど、その責任を取らされて、もう裁かれてる。もう仏様、神様になってんだ。「祖国の礎」でどこが悪い。

 

そもそも「戦争」は国際紛争の解決手段として国際法で認められていたのに、法を無視して戦勝国は敗戦国を裁いた。そんなに外国に気兼ねするんなら、その後もあちこちで戦争しているチャンコロやロスケにもその論理を永久に貫き通せ、って言ったらどうだ?してもらわないと世界の歴史認識が混乱するって。

 

日本はその裁判で、国家の中枢である指導者を7人も絞首刑にされ、さらに南方で将軍や兵隊まで処刑され、賠償金まで払っている。つまり完璧に刑に服したぜ。だから、その時点で罪(あったとしてもだが)は償われ「戦争責任」はご破算だ。ところが、解決済みの罪(?)を繰り返し持ち出しては金を請求する国がある。あまつさえ、一緒に戦ったはずのチョンまでその尻馬に乗ってきているぞ。よく考えてみろ、この動きはその「トーキョー裁判」そのものの無効を訴え無視しているのと同じ行為であり、これじゃ国際軍事裁判所の権威は失墜する。一体何を考えてんだ?お前は。誰の後押しで動いてんだ?

 

  「英霊」「御霊」などの言葉遣いでものごとをあいまいにするのはやめ、「私人」といった使い分けを排して、「魂を賭して」堂々と、自らの堅史観を語ってほしい。首相には、その責任がある。

 

じゃかましやぃっ!戦没者をどのように祀るかは純粋に国内のことだ。私人で行ったがそれがどうした、朝日は困るのか?ましてや他国から批判や干渉を受ける性質じゃねぇ。おい、そのパクパク動いてる口が、臭 禁屁やパク クネにくりそつだぞ。

 

もう、朝日の社員は社長以下総員(女は除く)、築地の屋上の縁(へり)に並んで内向きに立って、一斉にずりせんこいてろ、バカ。

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